認知症初期と高齢者うつになった父の話

ミスド(さつまいもド)

2019.9.18

今回の自分語りのつぶやき日記は、高齢者うつから認知症初期になった父の話です。
高齢者うつになったきっかけや認知症初期になった時の私たち家族の対応、父の今の症状や今後のことなど書いています。

 

そして今日のお供スイーツは、ミスドの新作「さつまいもド」を食べました♪
イモイモしいドーナツは、温めて食べたらホクホクっぽくて美味しかった。

  • さつまいもド 大学いも(140円)(手前)
  • さつまいもド 紫いも(140円)(左)
  • さつまいもド プレーン(129円)(右)

どれも美味しかったけど、プレーンが一番さつまいも感あって好きでした。
久しぶりのミスドも良かったです。
そして、チョコファッションは冷やして食べて最高でした♡

 

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高齢者うつからだんだんと認知症初期へ

私の父は今70代で、60代の母と2人暮らしをしています。
母はフルタイムで働いており、父は週2日のデイサービスに行っています。
兄は実家の近くに住んでいて、結婚して子供もいます。

 

真面目で仕事人間だった父

私の家は平凡な家庭で、裕福ではないけどマイホームもあってそれなりに幸せな家庭です。

父はとても真面目な性格で、口数も少なく大人しいタイプでした。
仕事は毎朝同じ時間に家を出て、帰りは寄り道しないで真っ直ぐ家に帰ってくる。
たまに忙しい時期は深夜まで残業していましたが、(どこかで遊んできたんじゃない?まさか浮気とか?)などの心配もさせてくれないくらいの真面目人間でした(笑)
そのおかげで何不自由なく、大きくなるまで育ててもらえて感謝しています。

父の趣味はゴルフや野球など、スポーツは好きでいろいろやっていました。
趣味友はそれなりにいましたが、社交的な性格ではないので基本的には私と同じで友達は少ないようでした。

 

定年後、すぐに高齢者うつになる

60代半ばで定年退職をしてから、だんだんと家にひきこもるようになりました。
40年以上毎日続けてきた「働く」という義務がなくなって、いろんな意味でぽっかり穴が空いてしまったようです。
リタイア後に、高齢者うつになってしまう男性も多いそうです。

やっと毎日会社に行かなくてもいい!働かなくてもいい!毎日ゴルフ三昧♪
そんな風に第2の人生を楽しんでくれると、私たちは思っていたけど…
誘いを断っているうちにだんだんとゴルフにも行かなくなって、友達もいなくなり、さらにひきこもりになりました。

その頃の父は「めんどくさい」が口癖で、何に対してもやる気がなくて、やりたくないと言っていました。
病院へも行きましたが効果はなく、興味を持った家庭菜園など負担の少ないものを勧めても「めんどくさい」で続きません。

高齢者うつでもそこまで重い感じではなかったので、無理に何かしなくてもいいから「見守ろう」ということになって、私たち外野はそのまま見守りました。

 

認知症初期の対策。できることはいろいろやった

父の真面目な性格、高齢者うつ、ひきこもり状態を見ても、明らかに認知症になりやすいタイプです。
さらに、父は糖尿病にもなってしまったので、認知症になるリスクはさらに高まります。
だんだんと物忘れや判断力の衰えなどの認知症状が出始めてきたので、私はできることはやろうと思いました。

当時は健康ブームの始まりで、テレビでもたくさん健康番組や認知症予防などがやっていました。
私は健康番組をすべて録画し、ネットで情報を集め、健康オタクと化しました。
時には母に「今、何チャンネルでやってるから見て」とリアルタイムで電話をしたり(←ウザイ(笑)

実家にはひと月に2.3回帰っていて、その都度仕入れた情報を伝えていました。

  • こうゆうことを毎日するといい
  • こうゆう運動をするといい
  • こうゆうものを食べるといい
  • こうゆうものは食べない方がいい

健康情報もだいたい基本は同じだけど、定期的に言わないと忘れてしまうので口酸っぱく言っていました。
ある時父がスイーツをバクバク食べていたので「糖尿病なのにそんなに食べたらダメ」と言ったら、父に「お前に言われたくない」と言われました(笑)

 

父の小さな楽しみ

少々ウザがられながらも、両親は私のオタク情報を半分聞いて実践してくれていました。

その効果かひきこもりのうつ状態だった父が、ウォーキングを始めて外に出るようになり、近所のスーパーへひとりで買い物に行くようになったりしました。
私が帰った日は、母と3人でウォーキングしたり。
なので「万歩計」を買って、毎日の歩数を記録するようにしたり、それも楽しんでやってくれていました。

「お母さんが夕方帰ってくることだけが楽しみだ」と言っていたひきこもりの父でしたが、運動すること、糖尿病の数値を良くすることが小さな楽しみになっていたようで嬉しかった。

地域の無料施設でやっている、高齢者向けの運動などに参加するようにもなりました。
でも、うつの症状なのか気分の波があるので、急に運動に行かなくなってしまうこともありました。

そのうち、ウォーキング中に転んで顔を擦りむいたり(わりと重症だった)何度か続くようになって、ウォーキングの回数もだんだんと減ってしまいました。

 

認知症の画像検査

認知症でも早期の場合は治療できる場合があると知ったので、病院に行って脳の画像診断をしてもらいました。

脳の萎縮が多少みられ、認知症診断というテストなどで、初期の認知症だと診断されました。
アルツハイマー病などの診断ではなかったけど、認知症初期の場合は画像診断でもそこまで出ない場合もあるらしいです。

治療できるタイプの認知症ではなかったけど、認知症以外の病気ではなかったことが分かったし、とりあえず初期で良かった。
父本人も自分で分かっているので、病院にもすんなり行ってくれました。

 

(車の運転)この時期にやって良かったこと

当時は認知症の症状はそこまで出ていませんでしたが、車の運転を止めて免許返納をしてもらいました。

車がないと不便な場所というわけではないし、ひきこもり気味だったのでほとんど乗ってはいなかったけど、今までずっと車のある生活をしていたので精神的にどうだろう…
でも、万が一事故を起こしてしまったら大変なことになるので、自由を奪うようで辛かったけど、心を鬼にして何度も強く言いました。

他人を巻き込むことも心配だけど、事故をしたらお父さんが心配だということも伝えて、納得してくれました。
やはり、自分でも少しは不安があったようです。

今ほど高齢ドライバーの事故は多く報道されていなかったし、母はまだそこまで…という感じだったけど、あの時早めに強く言って良かったと今でも思います。

 

 

父が怒って爆発した日

認知症と高齢者うつというのは、症状も似ているしはっきり分かりにくいのです。
父は調子がいい時と悪い時があって、当時の悪い時はぼーっとしたり下を向いてしんどそうにしていました。

ある時、私はそのしんどいのを何とかラクにしてあげたくて、
「今、しんどいの?」
「どんな感じがするの?」
と、いくつか聞きました。

そうしたら父が、少しパニックになったように、
「わーわー!」となって、

「お前がいるとしんどい!」

そう大きな声で言いました。

普段大声を出すこともないし怒りっぽいこともない穏やかな父が、人を傷つけるようなことも(たぶん)言ったことない父が、娘の私にそう言ったのです。

私はショックで、泣きながらすぐに帰りました。

 

爆発した理由

認知症の人がしんどい時は、どうしてしんどいのか本人も分からなくて余計にツライということもあるそうです。
そんな時にしつこく聞いて、父を追い詰めてしまったのでパニックになって爆発したんだと思います。

それからもう一つは、私が実家に帰ると母と女同士で話が合うので、ついつい話が弾んでしまします。
父にも気を遣いながら話をするのですが、どうしても父をないがしろにしてしまうことはありました。
母が大好きな父なので、私に嫉妬していた部分もあるのかな。

でも一番の原因は分かっていて、私が健康オタクを口うるさく言っていたことに、父の我慢の限界が来たのだと思います。
まだ元気なうちは楽しんでやってくれていましたが、だんだんと調子も悪くなってきて思うようにいろいろできなくなってきたのに、それでも私が言うことに対して、怒りが溜まって爆発したのです。

健康オタク封印

少しでも元気でいてほしいと思って言っていたのですが、それが父を苦しめていたのだとその時初めて知って、本当に申し訳なく思いました。

それからは、健康オタクは封印しました。

父が私に爆発したのはこの時ともう1回あったのですが、2回目の時は他にもいろいろと悲しいことが重なった時だったので、父の言葉がさらにショックで私はうつ状態になってしまいました。
(今はうつ状態は良くなりました)

 

できないことが増えていく父の今

父の認知症の初期症状を私が感じてから4.5年経ちますが、だんだんと少しづつですが症状は悪くなり、できないことが増えています。
今はボーっとしたり寝てる時間が増えて、会話も分かりづらい時もあります。
まだ介護が必要な状態ではないけど、足腰もかなり弱っています。

少し前までは一日中テレビを見る「テレビ老人」でしたが、今ではテレビの内容も理解できないのか疲れてしまうようで、あまり見なくなりました。
それでも、大相撲と高校野球と(終わってしまたけど、ドラマのノーサイドゲーム)だけは見ているようです。

少しづつ弱っていく親の姿を見るのはとてもツライですが、私よりもツライのは父と母です。
初期の認知症は自分ができないことを分かっているので、できない自分を受け止めるのがツライのです。

でも父は早いうちに自覚していたので、病院にも進んで行ったし、認知症対策も一緒に頑張ってくれました。
今から思うと、私たちに気を使っていたのかもしれません。

 

認知症初期、私たち家族の接し方

父の最近の楽しみは、デイサービスへ行くことだと言っています。
少し前に母が相談して、デイサービスを変えました。
変わる前はうつ状態がひどかったのですが、変わってからは楽しんで行っているようです。

もともと真面目で口数の少ない父なので、認知症でさらに自分の気持ちが伝えられなかったり、自分でも気持ちが分からなくてイライラすることもあります。

だから家族としては、本人の変化に気づいてあげられるように、できるだけ一緒にいる時間を作ることが大切だと思います。
毎日一緒にいる母にしか分からないこともあるし、たまに顔を出す私だから気づくこともあるので、共有しながらケアしていくことも必要です。

認知症の初期は特に、あまり病人扱いするのも本人のプライドが傷つくし、かと言って「これくらいはできるだろう」という判断も難しくて、家族も対応が分からず戸惑うこともあります。
私も最近になって、やっと父としっくりきた感じです。

症状もだんだん変わっていくので、接し方もその都度変わっていくだろうけど、本人の気持ちに寄り添うことが一番大切ですね。
そして、個人の尊厳を大切にするということだと思います。

 

認知症の介護不安

ひとりで介護してる人などは不安だと思いますが、今はネットでも専門家の情報が出ているので参考にすると良いですね。
認知症の症状は人によっても違うし、本人の性格もみんな違うので、当てはまらないこともあると思いますが、接し方とかいろいろ参考になります。

ただ、本当の相談をするときは信頼できるところにしないと恐いので、公的なところで相談したほうが良いですね。(うちはケアマネージャーにお世話になっています)

今後相談する人がいなくなったりして介護疲れしてしまわないように、国の介護制度やサポートしてくれるところを自分で探すことも覚えておきたいです。

 

これからの介護生活

父と毎日一緒にいる母は、「大丈夫」と言いながらも負担は当然あると思います。
仕事をしながら、毎日3食食事の用意をするだけでも大変なことです。

それでも、父は暴れたりほぼ怒ることもないし、わりと穏やかで子供に戻ったような感じなので、介護しやすいタイプだと思います。
口数が少ないので、「なんで言わなかったの~」ということもたまにありますが(笑)

今はまだそこまでの介護は必要ないですが、今後は怒りっぽくなったり、徘徊したり、騒いだりするようになるかもしれないし、寝たきりになって私のことも分からなくなってしまうかもしれません。

症状が悪くなれば介護は大変になるし不安もありますが、家族で協力しながら、できるだけ在宅で介護したいと思っています。

 

一緒に大相撲観戦に行く!

体力の衰えや認知症の症状もありますが、見ていて一番悲しいのは、興味が沸くことが本当に少なくなったことです。
その分、楽しいと感じることも少ないと思います。

先のことを考えて介護不安になるよりも、今できることを考えて少しでも父が楽しく過ごせる時間を作りたい。
寝たきりでなければ、遠出は無理でも車でどこでも行けるし、車椅子で移動できる施設もたくさんあります。

先日、石川県の旅行で水族館へ行ったのですが、車椅子があったので父は移動がラクで良かったようです。
【加賀屋 和倉温泉】名物のど黒と伝統のおもてなしの石川旅行♪

だけど、車椅子を押していた私はかなり体力を使い、疲労困憊でした(笑)
車椅子って押す人も楽そうに見えるけど、場所によっては大変なんだということも初めて知りました。
それからは体力作りとして、腕立て伏せを(たまに)しています。

旅行は無理かもしれないけど、父の好きな大相撲観戦に一緒に行くのが私の目標です。
大きなお相撲さんを、生で見せてあげたい!
と言いつつ、自分も大相撲が好きなので生観戦したいのです♪

 

後悔しない時間を過ごしたい

私は今、ゆっくりのんびり過ごしているので、先のことや時間のことはあまり考えないようにしています。
⇒ おひとりさま、のんびりお暇中の話

だけど、両親が老いていくスピードは自分の時間よりもものすごく早く感じるので、時間を考えずにはいられません。

少し前に大好きだった祖母の死を身近で経験し、できることはやっていたつもりでも、後悔することはたくさんありました。
だから、父にはできる限りのことをしたいと思うのです。

健康オタクの押し付けも、父には負担だったかもしれない。
だけど、それでも父の健康維持に少しは役立ったと思います。
「寝たきりになるまでの時間を少しでも長く過ごしてもらいたい。」と、ずっと思ってきたのです。

これも全て、自分が後悔しないための自己満足なのではないか?とも思います。
(お父さん、ごめん)

だけども、できることはしたいのです。
(負担にならないように気をつけます)

これからも一緒にいる時間を大切にして、楽しい想い出作りましょう。
(けどあまり頻繁に行き過ぎると父の負担になるので、今くらいのペースが良いみたいだね)

 

認知症を家族で受け入れる

最後になりますが、家族が認知症だけでなく病気になってしまうと、本人もかわいそうだし家族も不安だらけになります。
先の見えない介護生活の精神的ストレス、時間やお金の不安など…
マイナスなことばかり考えてしまいます。

だけど、父が認知症になって元気な頃とはずいぶん変わってしまったけど、真面目人間で神経質で周りに気を使っていた頃と思うと、少しは自分を開放できているような気がします。
私は実家に帰ると、いい年してわがままを(たまに?)言ったりもしていましたが、今は両親を一番に考えられるようになったので、少しは成長しました。

なので些細なことですが、病気になることは悪いことばかりではないし、認知症になったことで一緒に過ごす時間が増えたし、分かり合えたこともたくさんあります。
家族でよく話をして、認知症をみんなで受け入れることが大切だと思います。

うちはまだみんな元気だし、お金はないけど普通に生活できてるし、父もまだ介護状態ではないのでこんな余裕なことを言えるのかもしれません。
でも、不安で暗くどんよりするよりは、家族みんなで明るく過ごした方が良いと思うので、これからもそうでありたいと思います。

 

このような感じで今は過ごしています。
日々変わっていく家族の記録として書いてみましたが、何かしらの参考になれば嬉しいです。

父の話よりも、また自分語り多めになってしまいました。
長くなりましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました♪

⇒ 自分語りのつぶやき日記♪

 

 

 

認知症初期と高齢者うつになった父の話」への2件のフィードバック

  1. いつもはらぺこ

    きなこさん、こんばんは。いつもはらぺこです。
    私の母も認知症の初期でデイサービスに通っています。
    最初に発症したときは人格が変わった?と思うくらい穏やかだった母が私に暴言を吐いてショックで悲しくて絶望的になりました。今は薬やデイサービスを通うようになって改善されて元の母に戻ってきました。
    なのできなこさんが辿ってこられた最初の衝撃と悲しみ、その後の苦労はよく分かります。
    そしてきなこさんがお父様を本当に心配なさって一生懸命に努力を惜しまない姿に心を打たれました。家族一丸となってお父様を支えていらっしゃることはお父様も心強いでしょうね。
    しかし大変な状況でも明るく楽しく前向きに物事を捉えているきなこさんは素敵ですね。
    これからも応援しています!
    PS:夜においしそうなドーナツの写真は目に毒ですね!

    返信
    1. きなこ 投稿作成者

      いつもはらぺこさん、こんばんは♪

      お母様の事を話してくださって、ありがとうございます。
      認知症が発症された時は辛かったですね。
      うちは少しづつの変化なのでまだ緩やかでしたが、「絶望的」な気持ちは分かります。
      でも、改善されて元のお母様に戻ってこられて良かったですね。
      暴言吐いたりひどい事されても、やはり家族だからこそなんですよね。

      いえいえ。私が父にしていたことはただの押し付けでした。
      今から思うと、全然父の気持ちに寄り添っていなかったのです。
      あれこれ言うよりも、自分の気持ちの持ち方一つで、家族で一緒に食事をしてテレビを見る時間がこんなにも変わるものだということを最近知りました。
      認知症の人は敏感なので、こちらの気持ちがすごく伝わっているようですね。
      ですが、こないだ何かしたくなったので確認してから父の肩をもんだら、しばらくして「うわー!」っとなりました(父は体を触られるのが苦手だったことを忘れていました…(笑)
      介護は長い付き合いになるので、お互いに無理しないように付き合っていけたらいいですね。
      また変化があれば、ブログに書きたいと思います。

      いつもはらぺこさん、いつもありがとうございます(^^)
      甘~いドーナツ、美味しかったですよ~♡

      返信

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